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「次に被災するのは私かもしれない」~東北大震災の被災地を訪れて感じたこと~

陸前高田市や大船渡市という
東北大震災の被災地を発生から7年経ち
初めて訪れた私。

現地に住む方々のご案内で
説明を聞きながら、
その様子を見ることができた。

私が一番驚いたのは
“そんな高さ”まで水没したのだということ。


陸前高田市にて。
5階建ての集合住宅の
4階部分まで水がきていたのだ。
辛うじて5階部分の窓ガラスが
そのまま残っていてそれを物語る。


大船渡商工会議所の建物。
ここを案内してくれた平野智美さん
「建物の上の部分だけが見えていた様子を
高台から見たときに、何が起こっているのか
わからなかった」と語った。

建物の上の部分だけを残し、あとは水没。

建物の3、4階ぐらいまで水がくる
ということは
かなりのエリアが深く浸水したということは容易に想像できる。

私は現地にきて初めて
その自然の脅威と恐怖を感じた。

私は現在、平地に立つ集合住宅の3階に住んでいるが、近くに川がある。
しかし大雨や台風がきてこの川が決壊しても
まさか3階までは水はこないだろうとたかをくくっていた。

でも、陸前高田や大船渡では
その“まさか”が起こったのだ。

自然災害とはそういうこと。
だから備えが必要なのだ。

「宮城県沖で発生したM9.0という
日本周辺における
観測史上最大の地震によって、
場所により波高10メートル以上、
最大遡上高40メートルにもなる
巨大な津波が発生し、
沿岸部に壊滅的な被害が発生した」
というような
数字だけのニュースを肌で感じた。

町が壊滅的に被災してから7年が経過。

陸前高田市を高台からのぞむ。
右側に“奇跡の一本松”
(うっすらと赤く丸く囲んでいる)。
海がすぐそこにある町だということもわかる。

みわたす限り何もなくなった場所は
復興作業が進み、盛土されたり
高さ12.5メートル、全長約2キロの防波堤が出来上がっている。

そんな今を見た。
これまでの想像を絶する大変なことに
想いを寄せることももちろんだが
ここで見聞きし体感したことを
周囲に話したり、
これからの備えに生かすことを
この地を訪れた者として
深く心に刻みたいと思う。

(追記)大船渡市防災観光センターで
同じ鹿児島からの同士に出合いました!

この6月に“鹿児島まち自慢快発考舎
ストリートピアノJAPAN』”から
寄贈されたもの。

こんなところにも鹿児島からの応援が!
と嬉しくなりつい弾いてしまいました。


(ピアノ写真撮影はともに田村貴恵さん

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櫻木よしこのプロフィール



櫻木よしこ

編集者、ライター、上級終活カウンセラー、エンディングノート書き方講師、日本セルフマガジン協会副会長。鹿児島市在住。
ワーキングホリデーメーカーとして渡豪後、シドニーの出版社2社で編集者として5年間勤務。帰国後、東京にてフリーランス編集者として各種出版物に携わる。その後、鹿児島の出版社で副編集長を務めたのち、再びフリーランスとして活動開始。
現在はセルフマガジン制作アドバイスや関連講座、ならびにエンディングノート講座も開いている。


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