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他人の死に想う、いつ亡くなっても後悔しない生き方を。

望ましい亡くなり方とは、どういうことを言うのだろうか?

それは、この世を去る側の立場として、遺族側の立場として?

つい最近、父の友人が転倒した際の頭部打撲が原因で亡くなられた。

その方は持病があったので死亡原因となるのならその病気の可能性が高かった。

しかし、誰も予測しない形で命を落とされたので、誰もがびっくりした。

変な話だが、亡くなられた本人が「え? まさか俺ってこういう死に方なのか?」と

驚かれたのではあるまいか…とも思う。

遺族ならなおさらだ。最後のお別れだって満足にできていないのだから。

この方自身は自営業で大変苦労をされたが、持ち直し、形としては現役のまま亡くなられたことになる。

亡くなる側、遺される側の双方が納得する亡くなり方ってあるのだろうか? とも思った。

周囲を見渡せば、90歳を越えて老衰に近い形であまり苦しまずに

亡くなられた場合、「年齢に不足はないしね…」ということを慰めにする場合もある。

生まれてくるのは選べないけれども、亡くなり方も結局は選べない(一部を除いては)。

死と隣り合わせの毎日というには大袈裟かもしれないが、

でも、現実はそうなのだ。いつ命を落とすかは誰にもわからない。

だから、与えられた命を生きるために、トライすることが時間切れで

中途半端なことになるかもしれないことでも、挑戦してみる。

たとえ、道半ばになったとしてもだ。

私の場合、後悔を残すことがおそらく一番くやしいことなのではないかと思う。

後悔を少なく命を終えるために。

最後の最後に「なんだかんだあったけど、私の人生面白かったよね」って言うために。

今の私ができること、やりたいと思うことをやる。

手当たり次第という意味ではないが…。

インプットばかりを続けてもパーフェクトな自分などいつまでたってもお目にはかかれない。

新しいことをするのは誰でも怖い。でも後々後悔することに比べたらましだと思う。

いつか、挑戦したくてもできなくなるときがくるのだから。

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櫻木よしこのプロフィール



櫻木よしこ

編集者、ライター、上級終活カウンセラー、エンディングノート書き方講師。鹿児島市在住。
ワーキングホリデーメーカーとして渡豪後、シドニーの出版社2社で編集者として5年間勤務。帰国後、東京にてフリーランス編集者として各種出版物に携わる。その後、鹿児島の出版社で副編集長を務めたのち、再びフリーランスとして活動開始。
現在はセルフマガジン制作アドバイスや関連講座、ならびにエンディングノート講座も開いている。

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